2010年8月6日(金) 祈りの日
65年目のあの日が今年もやってきました
朝から小学校のモニュメント献花式に参加
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NHKで生中継が入り、ハハ座高の高さで少し映る・・・笑
生中継ってこんななんだ、、とリハーサルから初体験
アナウンサーはNHKらしくまじめなお兄さんでした
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1号の通う小学校は爆心地から3キロの場所に位置し
当日、逃げてきた被爆者の救護場所となり
その後、2000人以上の人が火葬され埋葬されました
未だに工事の度に、骨が出てくるとても有名な小学校です
当時の詳細を描いた絵本を見せてもらう
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2m×20mの濠が7つ掘られ、そこで沢山の方が荼毘にふされたそうです
決して昔の話でなく
そこらを歩くおばあちゃん達が普通に体験した恐ろしい現実

8時15分に黙とうを捧げた後、1号兄さんは登校日の為教室へ
平和集会、いろんなお勉強をして帰りました
今日のお土産はこれ
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被爆の次の日に発行される予定だった新聞の復活版
やるな、中国新聞 日付も1945年8月7日(火)
これは大事に大事に保管したいと思います

夕方4時からもピースイベント
さらに6時からはピースキャンドルと今日は大忙し
学校の卒業生の被爆体験を聞きました
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あの東の空に、きらっと光るB29がとっても綺麗に見えましたと
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子供らがキラキラと目をかがやかせた瞬間に
広島の街が地獄となったそうです

子供達の合唱を聞き、みんなで歌を歌い夜を迎えました
広島人ならだれでも歌える原爆の歌が沢山ありますが
『青い空は』の2番はどうしても声がつまり歌えないハハであります

『青い空は』
1. 青い空は 青いままで 子どもらに伝えたい
  燃える8月の朝 影まで燃えつきた
  父の 母の 兄弟たちの
  命の重みを 肩にせおって 胸に抱いて

2. 青い空は 青いままで 子どもらに伝えたい
  あの夜 星はだまって 連れ去っていった
  父の 母の 兄弟たちの
  命の重みを 今流す灯篭の 光にこめて

3. 青い空は 青いままで 子どもらに伝えたい
  全ての国から 戦の火を消して
  平和と 愛と 友情の
  命の輝きを この堅い握手と 歌声にこめて

夕飯の後は、灯篭流しへ
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今年は風が強くて、あっという間に沈んでしまうなーと
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大忙しの1日だったけれども
これでこの日を無事に終えれたような安心感
1号もこの日を迎える為に、資料館を見学に行ったりひとつお兄ちゃんのお勉強をしました

毎年書くけれども
私達が小さい頃、起きた時からテレビはすべて平和公園の中継で
一日中、原爆関連の番組で
小さい頃から、瞬間にして骨になっていく被害者や
被爆の様子を生々しく伝える映像やアニメ映画を見ながら
1日を過ごしておりました
が、最近は明らかにおかしい
トップニュースにも上がらなかったり
被爆の時間を挟む30分も中継がなかったり
これじゃいかん・・・・
刺激が強いからとアニメを子供に見せなかったり

あの日、2号のような産まれたばかりの赤ちゃんにも
1号のような元気いっぱいの少年にも
爆弾は容赦なく降りかかった事実があるわけで
刺激じゃないのだ
戦争は怖いという感情だけでもいい
起きた事実をちゃんと子供に伝える必要があると心から思う私
被爆者の方が毎年減り続ける中、私たちの役目はやはり継承であると思う

お天気のすごかった今日の雲が、キノコ雲に見えたのは私だけでしょうか?
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by shihotaichi | 2010-08-07 00:25
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